縄文と古代文明を探求しよう!
 
人類の同類闘争と部族連合(戦争の起源)
140541 略奪闘争の玉突きの概観〜西洋から東洋まで
 
田野健  ( 46 兵庫 設計業 ) 06/12/19 AM10 【印刷用へ
6000年前メソポタミア地方で激しい乾燥化と灌漑農業によるわずかな農地を巡って遊牧部族と農耕部族の間で略奪闘争が勃発。農地を奪った遊牧部族は周辺の遊牧部族との間で勝ち抜き闘争を繰り広げ、負け部族を組み込んだ部族連合を形成して都市国家を成立。一帯の農地を支配した。

負けた遊牧部族や土地を奪われた農民は一部は奴隷として支配下へ、一部は新しい生活基盤を求めて西へ東へ小集団で移動。比較的牧草の豊かな中央アジアに最初の玉突き小集団が散らばっていった。一部は南下してインドへ、一部は東方のモンゴル高原まで移動した。
彼らは馬の家畜化と馬車技術の獲得により、遊牧生産を基盤としながらも広域の交易民又は金属職人としても生計を立て、西方の青銅器需要に応えていった。
6000年前〜4000年前の2000年間はこうして中央アジアで冶金産業が拠点とする交易都市が各地に点在する事になる。

金属製品と父系制は同時期、東方で既に農耕文化を中心に定住していた中国地方に彼ら交易民を通してもたらされる。東西南北の交易の拠点である黄河流域中原地方を中心に4500年前に父系制を中心とした青銅器を有する黄河文明をうち建てる。
一方、7000年前長江中流域に稲作定住文明を形成していた三苗族は北方から来た黄河文明の遊牧系民族の侵略を受け、上流へ居住域を移動する。下流に避難した三苗の一部はその後4000年前頃から徐々に日本列島(九州)へ到達している。
母系集団の彼らは小集団で波状的に日本に漂着し渡来後も縄文人と馴染み稲作技術を伝える。日本列島に稲作技術が確認されているのは最古では2800年前である。

これが略奪闘争第1波の玉突きの概観である。
→参考96255138047
 
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