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略奪闘争の玉突きの概観〜統一国家の成立過程 |
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田野健 ( 46 兵庫 設計業 ) |
06/12/19 PM00 【】 |
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略奪闘争の西から東への玉突きは4000年前〜1500年前にかけて第2波、第3波と繰り広げられる。
第2波は国家間の争いである。
すでに都市国家が形成されていたメソポタミア地方は鉄器の利用が始まるようになると国家間の戦争状態が定常化する。国家の領土が次々と変わっていく領土略奪時代に突入する。西洋は2500年前の巨大国家であるペルシャ帝国の成立をもってようやく戦乱状態がいったん安定する。
一方、東方ではついに遊牧部族発の国家が登場する。中国の周は中原地方を征圧した周部族がそのまま王権を建てる。圧倒的な武力を有して黄河だけでなく長江流域まで領土として拡大し勢力を拡大するも300年間で戦乱時代に突入。
秦・漢の統一までの500年間に王国が無数に生まれては侵略され敗軍の部族が朝鮮半島へ、さらに日本列島へ移動してくる。こうして2100年前の朝鮮古代王国である衛氏朝鮮が漢の侵略を受けて滅亡、敗軍が日本に流れてきた(2000年前〜1700年前)。このうちの一派が今の天皇家の祖先である。
第1波と異なり既に私権性を備えており武器と戦術を持った渡来人は渡来人同志で集団間の勢力争い(古墳時代)を繰り返した後、1500年前に日本列島に統一王朝を建てる。
第3波は第2波と時代は重なるが、中央アジア全域での遊牧部族の逆襲である。
国家から締め出された遊牧系略奪部族は国家周辺で力を蓄える。
とりわけ約2700年前頃、おそらく中央アジアのイラン系の遊牧民サカ、スキタイにおいて騎乗技術と騎射が確立し、機動力を持った遊牧軍事集団が成立。
そのまま東方へ:中国北方のモンゴロイドへ遊牧軍事システムが伝播し、匈奴となって東アジアへの戦争圧力を作り出す。
この圧力に対抗する為に作られたのが万里の長城であり、この圧力に対抗する為に中国は国家統一を果した。
第2波、第3波を繰り返しようやく私権国家としての序列関係が安定構造に向かいだした。大和朝廷の成立もそれに歩を合わす形で戦乱を経て行き着いている。しかし他国が数千年の戦乱史を繰り返したのに対してわずか500年で統一国家までたどり着いたことはその後の日本人の本源性を語る上で重要なポイントである。
参考96255、96621
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