中国では、約6000年前に黄河中流区域で母系氏族社会繁栄期に入ったと言われていますが、夏王朝が形成される3000年前頃には父権制へと移行している様です。
なにが、母系から父系への転換を促したのでしょうか?
そのきっかけは、洪水の治水事業だったという興味深い記述を紹介します。(「道教と仙学」よりリンク)
>中国は洪水の多い時期だった。多くの氏族の村落は洪水を避けるため山や丘陵に集まっていたので、丘民とも呼ばれる。それぞれの山や丘陵の村落の統率者は治水事業を行い、また村落が集まって連合を結成した。これが伏羲族・黄帝族・炎帝族などのような部族である。
>それぞれの部族が治水事業を行っていく中で次第に文明が発達し、父権が重んじられるようになった。禹の時に洪水は克服され、夏王朝がはじまる。これ以後、中国は次第に父権家長制の階級社会へ移行し、原始宗教は次々と変革されていった。
>殷・周の時代には、父権の原始宗教の代名詞ともいえる宗法礼教が確立され、ついに男尊女卑の新しい伝統によって統治されるようになった。
それまでの母系社会では、女性崇拝の原始宗教をもとに、それぞれの集団内で穏やかに生活していた様です。治水事業をきっかけに他集団と連合を組んでいく中で、自集団を守る為には、母系集団原理では対応できず、力の原理が必要となったと考えられるのではないでしょうか? |
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