縄文と古代文明を探求しよう!
 
遊牧部族の父系私有婚(一夫多妻)
185644 万世一系観念の源流
 
松井英仁  ( 40代 静岡 建築設計 ) 08/09/14 AM03 【印刷用へ
日本の皇統は万世一系という観念によって継続され、現在も皇室典範によって制度化されています。この万世一系観念はどこから来ているのか?
その源流は古代の遊牧騎馬民族「匈奴」にあるという説を紹介します。

『おもしろそう紀』リンクより、抜粋引用
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>日本の王権の一系という理念は、むろん日本の古代にあって自生したものではない。北方ユーラシアないし北アジアに発してついに列島に至ったものであろう。これともっとも酷似すると思われるのは、時代も地理的条件も日本に接する国家ではない。時空を遥かに隔てた、前三世紀末葉から後一世紀末葉までの北アジアにあった。匈奴である。

>中国の嚆矢たる史書「史記匈奴列伝」によれば、匈奴の冒頓単于が漢の文帝におくった書に、自らを「天立つるところの匈奴大単于」「天地生むところ、日月置くところの匈奴大単于」と称したという。単于も「天の子の大いなるもの」という意味をもち、「天」が王権の由来であると主張している。天子すなわち天孫である。

>匈奴においては、単于の位はこれを冒頓の攣テイ[革是]氏に限定し、その男系にのみ継承された。事実冒頓の父頭曼を初代として、その後の三世紀、二二代を経た冒頓匈奴の単于は、すべて頭曼ついで冒頓を始祖とする一系のものであった。
王家たる攣テイ氏に后妃をいだす異姓の氏族で、代々その役割を果たしつづけた。これを閼氏(后妃氏)といい、呼衍・須卜・丘林・蘭など四氏あったというが、嫡后を出すのは時に須卜氏など限られた特定の婚姻氏族であって大閼氏とよばれ、後継単于に口を出すことがあった。通常は軍事や徴税に関らず、もっぱら行政と司法に関与したという。異姓大臣ともいわれている。これをみると婚姻氏族は時にあたって原則一氏であったのであろう。
匈奴が一系の王朝を維持したのは必ず偶然ではない。天上の子の王権の万世一系と悠久の姻族のシステムによって成立していたのである。

>大和の朝廷にあって、この匈奴の風との類似は著しいものがあった。臣と連の別である。 臣の氏族は朝廷に后または妃を出し、朝政にたずさわった。連の氏族は専ら軍事を司り、后妃はこれをよく出さなかった。前者の例が、葛城氏や曽我氏であり、後者の例が物部氏や大伴氏である。
 
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