縄文と古代文明を探求しよう!
 
日本人の起源を探る
186099 大陸→日本の直接ルート
 
みに とまと  ( ♀ ) 08/09/19 PM08 【印刷用へ
大陸から直接日本へというルートが気になったので調べていて見つけたのですが、大陸から日本海へというルートが実際に存在したようです。

以下、座談会「日本海学の新世紀」−日本海学を語る−リンクからの引用です。

>時間的な順序でいうと、まずおもしろいなと思ったのは、けつ状耳飾りというのがあるでしょう。これの分布を藤田富士夫さんが研究されて、『古代の日本海文化』のなかでも述べておられますが、それが富山あたりを中心として沢山発見されているんですね。たとえば極楽寺遺跡とか明石(あげし)A遺跡とか、富山県から石川県にかけてずっと分布している。それはだんだん広がっていくのですが、その起源をたどると、なんと、これはもとが中国江南の河姆渡(かぼと)なのです。B.P.6千年前に、そこでけつ状耳飾りが使われていたのです。<

>それは中国のいろいろなところに伝播(でんぱ)するけれど、いちばん早く日本へやってきた。いまから5千年前後(縄文時代中期)のところで、ここ北陸までやってきたわけです。中国各地へはB.P.4千年以後です。だから、中国各地への伝播よりも早く日本の富山県のほうにけつ状耳飾りが伝播してしまったのはすごい。これはかなり精細な研究がなされて、地図の分布などは藤田さんのご本に出ています。非常におもしろいと思う。<

>そして、これはけつ状耳飾りだけではないのです。中国の安志敏(アンシーミン)という人が言っているように、いろいろなものが東シナ海と日本海を通してやってきた。安田さんがご専門の鳥浜貝塚の漆や高床式の建築も同じルートではないかと言われている。そういうようなことが一つあります。<

朝鮮半島を通さずに直接伝わるルートが、なんと5千年前には存在していたようです。
 
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