縄文と古代文明を探求しよう!
 
縄文と弥生と古墳時代の境目
186318 国津神、天津神とは何か
 
山澤貴志  ( 43 鹿児島 ITコンサル ) 08/09/21 PM09 【印刷用へ
日本神話における国津神、天津神とは何か。以下は縄文塾中村氏の考察である。
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●国津神=縄文人(蛇)×倭人(龍)

>あらゆるモノに神を見た縄文人にとって、大いなる地母神のおぼえ目出たき主神とは、その男根に似た形状と、10時間も絡み合うという交合に見られるたくましい生殖力を持ち、収穫物を荒らすネズミの天敵であり、そして再生=甦りを示す抜け殻を残す「蛇」であった。土器を飾る縄目の文様こそ蛇への賛歌であり祈りであり、再生への願いを込めての呪術であった。

>1万年もの長い間、なに不自由なく平和な生活を過ごしてきた森の民縄文人にとって、驚天動地の事件が勃発した。弥生の民の出現である。最初に日本の地に渡来した弥生人(*前3〜4世紀)の多くは、おそらく春秋・戦国時代を制した(秦に代表される)黄河文明の圧力によって国を追われた、江南=長江南岸の人たちを中心とする(竜をトーテムとする)竜神信仰族の人たちであった。

>『魏史倭人伝(三国志・魏書東夷傳・倭人)』に「水に潜って魚やアワビを捕る。断髪しており (顔や身体に)入れ墨をする」と書かれた倭人の風習は、まさに江南人の特徴である。長江流域特に江南は、日本の西半分にも繁茂する照葉樹林地帯であって、中尾佐助の謂う「照葉樹林文化」を共有するところから、共通した基層文化を持つ竜神信仰族と先住の蛇族とは、おどろくほど容易に混血していっただろう。こうして生まれた「縄文×弥生」という混血種族こそ、オオクニヌシに代表される(広義の)「国津神」であった。

●天津神=鉄族(太陽信仰族)

>弥生後期にはより国家統一意識をもった種族が渡来する。彼らこそ鉄という利器を携えた、あるいはいち早く「鉄族」を同化・融合していった太陽信仰族=アマテラスを主神とする「天津神」である。
 
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