さて、もう一つの社会統合軸に当たるのが、「人身御供」という点です。スペインによって徹底的に破壊され、残されている文献も数少なく、またマヤ文字もいまだ解読中なのですが、基本的には「血」を神殿に捧げるという点です。当初は体の一部分を傷つけていたのが、後には自ら命を捧げるということになりました。それが徹底されたのは「アステカ」ですが。
75488参照
これもマヤの住民に課せられた「社会的役割」と考えられています。毎日のように捧げ物が必要だったようです。特に子ども、女性が多かったと考えられています。
重要な点はこの「人身御供」が強制的な役割ではなかったと考えられている点です。自ら進んで「人身御供」になり、自分の血を神に捧げるのを無上の喜びとしていました。
となると、絶対的に不足するのではないかとも考えられ、都市国家間の絶え間ない戦争の捕虜がその役割を担っていたという説もあります。
また、神殿を中心とする住居エリアに常設されている「球技場」では、「人身御供」を決める役割もあったと考えらています。勝者が「人身御供」になるか、敗者が「人身御供」になるかはまだはっきりとはわかっていないようですが。
このことからマヤの神殿システムが社会統合上、いや、社会統合のためには神殿が欠かせないものとなったのではないでしょうか。
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