2006年12月05日
スサノオは、箕子朝鮮から逃げ延びた王族の一派だった!?

古事記によると、イザナギが黄泉の国から逃げ帰ってから川でみそぎをするのですが、その時に左目を洗ったときに天照大神、右目を洗った時に月読尊(つくよみのみこと)、鼻を洗った時に須左之男命(すさのおのみこと)が生まれたとされます。
スサノオは、乱暴物
として描かれています。アマテラスのところにいってさんざん暴れまわった挙句、とうとうアマテラスは岩戸に隠れるという事件を引き起こしたり・・・一体何者
「古代で遊ぼ」さんによると、スサノオは逃げてきた箕子朝鮮の王族だったのでは?と考えられています。
そのまえに箕子朝鮮って何? と思った人はぽちっと押して次へどうぞ。
ウィキペディアによると、
箕子朝鮮(きしちょうせん、? - 紀元前194年)とは、殷の箕子が建国したとされる朝鮮の伝説的な古代国家。所謂古朝鮮の一つで、韓氏朝鮮・奇氏朝鮮とも呼ぶ。首都は王倹城(現在の平壌)。『魏志』『魏略』などにやや具体的な記述が見えるものの、未だに考古学的な裏付けが無く、実在性は乏しいと考えられている。 秦が天下を統一すると、その勢力は遼東にまで及び、これを恐れた朝鮮王否は秦に服属した(紀元前214年)。その子の準王(箕準、)の代になると、秦の動乱により燕・斉・趙から朝鮮へ逃亡する民が増加したため、王は彼らを西方に居住させたという。ところが紀元前195年、燕王廬綰の部将であった衛満が朝鮮に亡命して来た。衛満は準王の信任を得て辺境の守備を担当するも、翌年に逃亡民勢力を率いて王倹城を攻落し、王権を奪取して衛氏朝鮮を興した。ここに40余世続く箕子朝鮮は滅びたとされる。
玉突き的に逃げてきた人たち、逃げてきたといっても王族ですから当然なにかしらの武力と野心を持つ人たちだったと考えられます。
そうすると、天の岩戸に隠れたアマテラスとは・・・先住して稲作や機織をしていた人たちが隠れるしかなかったと考えられるのではないでしょうか。
「古代で遊ぼ」さんによると、
>佐賀県の唐津湾松浦川河口に宇木汲田遺跡があります。
BC200頃までは甕棺や一般的な装飾品が出土する集落です。
(アマテラス族ないし海神族の集落と推定)
そしてBC200頃から朝鮮型の細身銅剣や銅戈が出現しはじめます。
(スサノオ族が支配したと推定)<
宇木汲田遺跡は佐賀県唐津市にある遺跡です。

画像は 邪馬台国大研究さんからお借りしました。
九州の高千穂町には天岩戸神社があります。
この神社には天岩戸の洞窟があるんですよ~!
もしも唐津でもともと稲作をしていたとしたら高千穂町は九州山脈のほぼ中央部、宮崎県の最北端。アマテラス族は、ここまで逃げていったということなのかも~。
投稿者 bunchan : 2006年12月05日 18:54
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コメント
箕子朝鮮・・・これが朝鮮版大和朝廷ですね。
弥生を知ろうと思えば朝鮮の勉強がかかせません。
建国当初から乱世だった朝鮮。どんな外圧があったのでしょう。
もう少し調べてみたいと思います。
投稿者 tano : 2006年12月06日 02:23
>佐賀県の唐津湾松浦川河口に宇木汲田遺跡があります。
BC200頃までは甕棺や一般的な装飾品が出土する集落です。
(アマテラス族ないし海神族の集落と推定)
そしてBC200頃から朝鮮型の細身銅剣や銅戈が出現しはじめます。
(スサノオ族が支配したと推定)<
おもしろい説ですね。もっと証拠があがればいいですね。天皇家は、朝鮮からの逃亡者と巷では言われていますが、確定できれば、日本人の歴史感も変わると思います。熱い議論になる事を期待しています。
投稿者 中高年のおじさん : 2006年12月06日 13:03
tanoさん、中高年のおじさんさん、コメントありがとうございます☆
古事記や日本書紀にでてくる神々が中国や朝鮮などから流れ着いたり戦乱から逃げてきた人たちだったって、とっても新鮮。
でもなるほどそれであんな物語になったんだなあと納得です。
それと遺跡の関係性が明らかにできたらもっと確かなものになると思います。
それから、今の日本人には中国や朝鮮から逃げ延びた人たちの血が混ざりあっているのだなあということも実感できるようになり、お隣の国の人達にもなんだか親近感がわいてきます!
投稿者 bunchan : 2006年12月07日 02:42
>それから、今の日本人には中国や朝鮮から逃げ延びた人たちの血が混ざりあっているのだなあということも実感できるようになり、お隣の国の人達にもなんだか親近感がわいてきます!
そう思えますね。
事実が、誤った人種差別をなくするのでしょう。
実際、日本に住んでいる西洋人やアメリカに住んでいる2世の日本人をみると、遺伝的なものよりその地方の文化・常識等が人間形成をするのであろうと思えますね。
投稿者 中高年のおじさん : 2006年12月07日 22:28
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