2007年02月17日
中国文明:殷(商)王朝~貝貨という幻想
今晩は
さーねです
前回のなんでや劇場~市場の起源~から、市場の前提である幻想共認を追ってみたいと思います
その中で注目したのが、中国文明最古の貨幣と言われる「貝貨」です
殷(商)王朝の支配構造から考えると、中国において、市場の元となる幻想の起源が、貴重品とされたこの「貝貨」であったのではないか

殷(商)王朝の貝貨
(世界最古の貨幣~貝貨)
るいネットより、なんでや劇場69 ~市場の起源~についてからの市場が成立していく上での重要な普遍構造をおさえます。
>第二に、市場の発生を、「上位者への富の集中」という結果からの可能性収束として捉えていた点です。…(中略)…ここには「富の集積→私権拡大の可能性の消滅→どうする?⇒商人・市場の発生」という実現論の底流に流れる概念形式がクリアに表れています。
>最後に、これが最も面白かったのですが、「市場の拡大は幻想共認に基づいた不等価交換を原動力としている」という視点です。
この構造を軸に考えてみると、「貝貨」は貨幣と呼ぶより、まず「貴重な品」であったのではないでしょうか?
①まず、殷王朝という支配者層によって、富の集中
→その支配構造は、徹底した祭祀による政治
→祭祀には、呪術品や貢物,生贄が必要だった
②一方、貝貨に関する説明を読んでみると、殷の時代は「祭祀」に使われたとする説が多い。(その後、この貝貨に似た石製や陶器製の貨幣がつくられる)
①,②を合わせて考えると、王朝以外の誰かが
富の集中
→私権獲得の道が閉ざされる
→どうする?
⇒祭祀が国の統合軸
→最も重要な祭祀には、よりふさわしいお供えや貢物が必要
⇒貝貨(宝貝)はキレイ♪これは祭祀の品としてふさわしい!
→これを貢物として持ち込めば、富のおこぼれをもらえる!
確かに、現代の
宝貝
は
キレイ

よって、キレイな宝貝を王朝に持ち込み、切々とその貴重さを訴え、おこぼれにあずかったのではないでしょうか?
それが王朝に認められたことによって、次第に貝貨として流通していったのではないでしょうか?
ここで大事なのは、単なる貝が⇒貴重品⇒価値のある貨幣へと変貌した。貴重であるという幻想を生み出したこと。
中国文明初期の王朝:殷(商)王朝の最初の幻想共認なのではないでしょうか?
投稿者 sawatan : 2007年02月17日 23:01 Tweet
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コメント
なるほど~。
面白い事例ですね。そういえば子供の頃貝を集めていて宝貝だけは別格でした。きっと海の地方の商人が内陸部の王様に届けて喜ばれていたんでしょう。
「この貝は世界にひとつしかありません。命がけで取ってまいりました」と。
確かに商人は嘘はついていません。(--)
こんな話が現在の市場の源流にあったのです。ホントかうそか?
投稿者 tano : 2007年02月18日 00:46
中国にも貝貨ってあったんですね。
貝貨は、必ずしも私権と密接に関わっていた訳ではなさそうです。これは、調べて投稿しようとも思っているのですが、未開部族が、貝などの独自の貨幣シンボルを用いているからです。
どうも市場・交易システムとは別の貨幣という独自のシンボル世界というか交換システム?があるのではないかと思います。
私権時代でも、貝貨は残りますが、身近な集団間の日常品に近い物の交換は貝貨で行い、貴重品の交換は金銀などでおこなっていた例があるようです。
そう考えると貝貨は、限られた地域・共認域での日常的な交換手段として用いられてきたのではないかと感じてます。
※今回の殷の事例は、殷という海から遠い集団には貴重品ということで、商人が持ち込んだのかもしれませんね。
投稿者 Hiroshi : 2007年02月18日 16:36
tanoさん
ホントか嘘か?で言えば、殷に関してはやはり祭祀=宗教が統合軸。そのような信仰深さが、貴重であるという認識に繋がったのかなと思います。
投稿者 さーね : 2007年02月19日 17:46
Hiroshiさん
なるほど。
殷も未開部族も信仰という点では同じですね。
しかし、統合形態が支配か共同かの違いがあるのかなぁと思います。
中国では、殷だけでなく、その後も貝貨に似せた貨幣のようなものが流通している時代もあるようで、やはり幻想共認があったのではと判断しました^^
もうちょい、追ってみます^^
投稿者 さーね : 2007年02月19日 17:51
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