2007年07月22日
縄文時代は「木の文化」
縄文時代といえばもちろん
土器
というイメージですが・・・
縄文時代は
木
の文化でもあったのです。
縄文人は森と共に(自然と一体になって)暮らした人々。当たり前といえば当たり前ですね
そのあたりは7/11にbunchanさんも書いてくれています。アリガトー

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縄文が"木の文化"であるにも関わらずなかなか研究が進まず、木の文化の評価が著しく遅れた理由は・・・
「木は朽ちる」
縄文の木の遺産は、多くが一万年の間に朽ちてしまっていたんです
縄文時代の人々は 木でカヌー、弓、くし、腕輪、火を起こす道具などを作っており、木の文化としても知られています。時には、これらの道具に漆が塗られていることもあります。縄文時代の人々は木の性質をよく知っており、それぞれの用途に適した木を選び物を作ってました。例えば、栗の木は耐久性があり堅いため 縄文時代の人々は栗の木を建物の柱に 使用しています。EMuseum

用途に合わせて木を選び、様々な道具や装飾品
を作っていたようです。
中でも漆の技術は素晴らしく、現代にも通用するほどの技術力だったようです
日本列島の植生が今日のような状態になったのは、今から約1万年前と言われます。縄文人はその日本列島の植物資源の中から、ドングリ・クリその他の食用植物の利用に留まらず、漆のような優れた塗料を開発したり、丸木舟や木製容器の製作に見られるような木工技術、籠や縄・綱への加工といった、植物資源の多方面に渡る利用を自分のものとしていたのです。縄文時代の漆櫛はシャーマン(呪術者)の頭部を飾る呪具で多くは赤色漆塗りですが、殆どが、装身具や弓などの櫛や腕輪、耳飾りに文様を施したりの高度な細工がされています。 製作過程の難しさは皆様が又の機会に調べて貰うとして、現在でもかなり高価な品物である事は間違いありません。ブナ林と古代史

縄文人が漆ってなんだかとっても意外でした
もっと文化が発達してなくて荒削りなイメージだったのですが、そんな繊細な技術があったんですね。
縄文人の認識がまた少し変わりました。
ぴんぐ~
でした。
投稿者 pingu : 2007年07月22日 16:40
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コメント
漆の液は本来黒い色合いなんだそうです。
それを鮮やかな赤にするのはいわゆるベンガラの発色
でだと。
しかし、ベンガラの原料にする赤い石の粉とか、ただ
漆に混ぜて塗っても赤い発色はなかなかしないらしい。
酸化とか還元の化学作用で。
それを現代的に見ても鮮やかに発色させるのは、経験的に
化学の作用を理解してたとしか思えないのですね。
例えば、藍染めの真黒な液から青の色合いが産まれる段階
があるような作用をです。
山形の5500年前の遺跡から、紅の色鮮やかな漆器が
見つかってます。文様といい色合いといい時を超えて目を
見張る逸品でした。
お勧めの書籍は、
「縄文うるしの世界」・飯塚俊男編・青木書店・2000年刊
・・・があります。
考古学に偏らない多方面からの、斬新な切り口で縄文の
漆塗り技術を解析していく面白い本だと思いますよ。
投稿者 oinu : 2007年07月23日 02:05
木といえば、縄文人は大規模な栗林を栽培していたらしいですね。他にもいろいろ栽培していたらしいですよね。
どなたかか記事にしてくれるかな~。
投稿者 Hiroshi : 2007年07月24日 00:13
>oinuさん
コメントありがとうございます\(^^)/
縄文時代の漆の技術はホントにすごかったんですね!
ちょっと検索してみたのですが、現代の先端の技術でも作成が難しいそうで、現代技術に応用すべく研究が進められているようですhttp://achem.okayama-u.ac.jp/iml/theme/arita.htm
またいろいろ教えて下さい☆
>Hiroshiさん
縄文人が栗林を栽培していたのは聞いたことあります!
三内丸山遺跡では栽培した栗を主食にしていたとか・・・
でも他にもいろいろ栽培してたってゆうのはあまり知らないので、私も知りたいな~^^また新しい縄文人の発見がありそうです。
投稿者 ぴんぐー : 2007年07月24日 15:41
ぴんぐーさんこんばんは、
ひょうたんとか、エゴマとか、豆類です。
おもしろいのは、その時代からはるかかなたから伝えられていたらしいということです。
たとえば、ひょうたんははるかアフリカ大陸が原産です。
長い時間をかけて伝えられたのだと思いますが、不思議ですね。
投稿者 Hiroshi : 2007年07月25日 01:54
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